フミコ・フミオフミコ・フミオ

身も蓋もない言い方になってしまうが、働き方や職業なんて、人の意見など気にせず、それぞれが勝手に、思うがまま決めればいい。

パンク作家チャールズ・ブコウスキー風にいえば「勝手に生きろ!」「てめえで決めろ!」。だが、いつごろからなのかわかりかねるが、働き方や職業の選択についてあれこれ指南するビジネス系・自己啓発系の書籍や記事があふれかえっている。需要があるのだろう。あなたもそういったビジネス系・自己啓発系の本や記事を求め、タイトルに釣られて、この文章を読んでおられるかもしれない。だが、それらは、あなたの働き方や職業の選択にいろいろ影響を与えこそするものの、あなたの選択に対して何も責任を負ってはいない。

「責任を負わないなら、何でも言える」

この文章も例外ではない。はっきりいってこれは無責任の文章だ。僕は、無責任に乗じて、この文章を読んでいる奇特なあなたに対し、好きなことを言うつもりでいる。ただ、一般的にビジネス系・自己啓発系の書籍や記事が表面上は、「素晴らしい世界でたったひとつのあなたの人生を私は向上させたいのです」という薄気味悪いお世辞が入っているけれど、残念ながら、僕にはそんなお世辞をいう義理はまったくない。

だから、素直に、正直に「働き方や職業の選択について、今、僕が思っていること」を語ろうと思う。僕の語ることが、他人様の人生の役に立つのかどうかわからないし、そう考えるのは思い上がりで痛々しいと思ってしまうくらいだが、「正直に語っている」、その一点だけは信じてもらいたい

極論になるがビジネス系・自己啓発系の書籍や記事は、ごくごく一部の例外をのぞけば、「スーパーマンによるミラクルなサクセスストーリー」である。僕はスーパーマンは一億人に一人くらいしかいないと考えていたのだけれども、書店のビジネス書コーナーにはスーパーマンによる書籍が大量に出版・陳列されているので、僕の認識が間違っていたようだ。改めなければなるまい。

だが、スーパーマンの人生とメソッドを、平凡な人間がなぞっても成果が出るだろうか。出るわけがない。もちろん《私はスーパーマンなのでミラクルなことをしてウルトラな成果をだしました》では、ヒーロー映画の観客は喜ばせられても、仕事や職業について悩む一般人の気を引けず、商売としては成立しないので、一応、「日々の暮らしで誰でも実践できる、これだけのことはやってきました的なもの」に落とし込んではいる。

だが、もともとがスーパーな能力のある人が、毎日の暮らしのなかで気を付けている些細な、ディティールを、一般人が真似をしたところで、スーパーな人と同じ成果を出せるわけがない。

残酷できっつーな言い方になってしまうが、もともとの能力や性能が違うのだ。なので、ビジネス系・自己啓発系の記事や書籍などは、小説や映画と同じようなエンタメとして楽しみ、「自分の人生に役立つものが見つかればいい」程度に付き合うものだと僕は思っているし、この文章を読んでくれている奇特なあなたたちも、きっとそうであると信じている。まさか、あれを即効性のあるお役立ちアイテムと思っている人はいないだろう。もし、おられるなら、これまでピュアでハッピーな人生を送ってこられたことを、神とご両親に感謝したほうがいい。

「自分の思うまま、勝手に働き方や職業を選択をすればいい」「勝手に生きろ」とは自由に生きることである。だが「自由を生きる」を「自由にイキる」と履き違えると悲惨なことになるので気をつけてほしい。たとえば「会社員きっつー。僕たち私たちは、会社に縛られず、クリエイティブでフリーランスな生き方をセレクトするよ。

そして僕たち私たちはそのナウなライフスタイルを発信して皆とハッピーをシェアしたい」…みたいな感じである。かつて植木等さんが「会社員は気楽な稼業ときたもんだ」と歌っていたように、会社員は気苦労はあるけれども、ブラックで倒産間近な会社でないかぎり、一ヵ月に一回給与は支払われるので、《安心して》働けるのは間違いない。それを植木等さんが「気楽」と呼んだのかどうかは知らないが。

だが、はっきりいって、気楽な会社員として生きてきた僕からみれば、フリーランスはそれほど甘い生き方ではないように見える。たかが、「会社での仕事が少々自分に合わなかった…」程度で、逃げ出してしまうような人間にとうてい勤まるとは思えないのだ。フリーランスとしてやっていくのは「能力」や「世渡りのうまさ」より「覚悟」が求められる。

なので、今の会社や仕事がキツイのなら、別の会社や仕事を探してみるほうが抵抗がないだろう。独力で世の中を生き抜く、生き抜いてみせる、というようなたいした覚悟もなく、ただ会社で働くことを否定してフリーランスへという選択は僕にはリスクが高すぎるように思えてならないのだ。

まあ、勝手に生きろと繰り返しているように、あなたがどんな人生を選ぼうと僕の知ったことではない。生活に行き詰ったあなたが、我が家に押し入って生命や財産を脅かさないかぎりは僕にとっては無関係なのである。前段の話は、会社員生活を20年間続けてきた男の職業観であり、間違っていることを言っているつもりはないが、あなたにとっての正解ではない。あなたの正解はあなた自身で見つけるしかないのだから。

私事になるが、僕は昨年の8月に転職して新しい会社で働いている。この文章を書いているのは2018年の7月の終わりなのでちょうど1年が経とうとしているところだ。前の会社を辞める際に躊躇してしまったのは、自分の価値がわからなかったからだ。市場価値というやつである。自分が世の中でどれくらい求められている人材なのか、さっぱりわからなかったのだ。

自分の価値がわからなければ、正確なアクションは起こせない。転職活動をしているとき、もっとも困ったのは、自分の価値がわからないことだった。自分が何を求めているのか、どこへ向かおうとしているのか、明確なイメージを持てなかったことだ。「私にはこれこれこうした実績と経験があります」とアッピールして相手が「なるほど。んじゃ月ウン万円でどう?」と条件を提示してきても、その条件が妥当なのかどうか、判断ができなかったのだ。

転職や脱サラにかぎらず、それなりに大きな決断をくだしたり、何かアクションを起こすときは、事前に己の客観的な価値をある程度知っておくことが大事である。仕事や働き方についていえば、転職サービスを利用すれといい。実際、僕は、転職活動に行き詰ったとき、いくつかのインターネット転職サービスに登録した。

自分の希望と能力と経験に対して、企業がどれだけのマネーを支払うのか、自分がどれだけの市場価値を持っているのか、それらを確認し、戦略的に転職活動をするようになったのだ。具体的には、自分の市場価値よりちょい上の待遇を求めて動き、そのちょい上の理想に自分をあてはめるように自分を売り込み、今の職を得られた。

僕は自分自身の経験と実績をかなり過小評価していたのだ。「会社つとめなんてクソだ!これからはフリーランスだ!起業だ!」とイキられている方々は、ご自身を過大評価されているかもしれない、いや、されている。転職するしないにかかわらず、仕事や働き方について少しでも悩むようだったら、冷やかしでもいいのでいっぺん、インターネットの転職サービスに登録して、そこで紹介される仕事と示される待遇で自分の市場価値をはかってみてはいかがだろうか。

それで現在地にとどまるもよし、そのまま転職サービスに乗っかっていくのもよし、僕のように転職サービスで得られた情報をもとに、積極的に自分を売り込むもよし、なのである。

人間というのは自分の価値を自分ではかるのはかなり難しい。自分で評価をする際に何らかのバイアスがかかって、多少なりとも過大評価や過小評価がなされているといっていい。この文章を読んでいるあなたが、どのような人生を歩もうが知ったことではない。だが、転職サービスでもなんでもいいが、ご自分の客観的な評価を調べてからアクションを起こされたほうが得策なのは間違いない。その結果、正確かつ納得のいく選択ができれば何よりなのである。あなたたちに何の責任を負わない僕にとっても「ああ、僕たち私たちは世間様から評価されていない…。しばらくは会社の片隅で爪を研いで機会を待とう…」つって、イキっている若者が少しでも減ってくれたら嬉しいかぎりである。せっかくの人生だから、勝手に、そしてなるべく楽に、うまく、他人様に迷惑をかけずに生きようではないか。長々と書いてきたが、実は言いたいことはそれだけなのである。ではまた。

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この記事を書いた人

フミコ・フミオフミコ・フミオ

色々な意味でやわらかい会社員。ブログも書いてる。アイコンはでんでん様(http://www11.big.or.jp/~denden/ )の作品より。http://delete-all.hatenablog.com/