皆さんは外資系と言うと何を想像されますか?

大きなビルで、デスクワークなどで高い給料をもらうスーパーエリート社員や英語やその他の言語を駆使して海外出張をこなしているようなスーパーエリート社員を思い浮かべると思います。
まさか、日本で戸別訪問するセールスマンを思い浮かべる人は少ないと思います。

そのような職場で働いた事がある人以外は知らないタイプの外資系だと思います・・・

『労働マルチ』と呼ばれる言葉は初めて聞かれる人がいると思います。
どういう事かと言いますと、普通はマルチと言いますのは自分で商品を購入して下に人を付けていくのですが、労働マルチと言うのは人を大量に募集して新たに入って来た新規の人材を下に付けていくと言うスタイルです。

基本的に求人雑誌などで、若者ばかりの写真で、日給1万円、外資系デビュー、成績優秀者には海外研修ありなどと書かれていたりするのはその類の会社です。
このような手法で商品を販売する個別訪問販売の販売員を募集する外資系が日本には多くあるらしいです。

私が働いていた会社は、この類の会社でした。
何故、このような会社に就職したのかを順を追って見て行きたいと思います。

~「就活しない」と決めて格闘技とバイトに明け暮れた大学時代~

私は大学在学時に、大学院を目指していた為に就職活動をしませんでした。
厳密に言うと、4年次になっても昔からの夢だったプロの格闘家のライセンスを取ろうとしていた為に就職活動を行わなかったのです。

プロのライセンスさえ取れれば何か夢を実現するような気がしていたのです。
大学院に行けば、働かなくても親に学費がだしてもらえると思い、全く就職には興味がありませんでした。

アルバイト夜の商売などまともな事をしていなかった私は、大学院さえ出れば、世の中何とかなると言うような意味不明な現実と遊離した考え方を持っていました。

志望動機もマトモでは無かったのでしょう。大学でも教授陣との人間関係も良くなかった事もあり、自分の通っている大学の大学院の面接に落ちてしまった私は、取りあえず大学院に行くために偏差値が低い東京の大学院を探して地方から受けに行くことにしました。
東京の偏差値の低い私立の大学院なら、学費が欲しいだけだから適当な事を書いても受かると思って適当な「世界に平和をもたらしたい。」と言うような空想的な左翼的な志望動機を書きました。

全くの世間知らずでした。そのような志望動機で受かるはずも無く、多くの大学院の面接でも苦笑ばかりでした。

~格闘技のプロを目指しながらホスト、肉体労働、職を転々とする日々~

それでも、東京の街はあまりに魅力的で、当時20代の若者にはあまりにも刺激が強すぎました。
ですから、大学院入試に行ったついでに東京で少し遊ぶことにしました。

大学院入試の合間に格闘技のジムに行き、汗を流していると、ある程度は私にもセンスがあったので「プロにならないか?」とお誘いがありました。
その言葉に舞い上がり、実家の親に電話して「大学院は行けないかも知れないけど、格闘技のプロになるよ。」と電話をして親を驚かせたのは覚えています。

親は何か勘違いしたのか、格闘技一本で食っていくと思ったようですが、日本で格闘技だけをやって食えているプロの格闘家は殆どいませんから、後日、「手応えが無かったので、大学院に落ちただろうから働きながら、格闘技のプロライセンスを取るから。」と説明しました。

「仕事はどうするのだ?」と聞かれて、「肉体労働でも何でもやって行く。」と説明すると「大学院にまで受けに行った人間が肉体労働なの?もっとマシな仕事は無いの?」と言われましたが、完全に舞い上がり、「いや、格闘技でプロになるから。俺は俺の人生だから。」と突っぱねると「そうか。」と悲しそうにしながらも納得してくれました。

 

その次の日はホストに会う事にしました。
地方にいた時にネットで歌舞伎町の元ホストと知り合い、ホストで売れるコツを教えてやるといわれていたので「今、東京にいるんですよ。」とメールで伝え連絡を取り合いました。

そしたら、会ってモテるコツを無料で教えてくれると言うので、完全に舞い上がってしまいました。
後にこのホストにはマルチ商法に誘われるのですが、ここでは割愛します。

誰にでもモテるコツを教えると言うので、その方法を真似すればホストでもやって簡単に稼げると思っていました。
東京には若く綺麗な女性も多く、東京に移住したらアルバイトにホストでもやりながら、大学院とプロ格闘家の活動をやりながら暮らそうと考えていました。

後に東京に出てきた後に転々と転職を繰り返しながら、実際にホストを数か月間やってみて甘くない現実を知らされてしまうのですが、この頃は胸に希望しかありませんでした。
東京に出れば成功できると簡単に考えていました。

そして、肉体労働の仕事に従事し、職を転々としながらもジムだけは真面目に通いました。
ジム優先の生活であった為、肉体労働の仕事ではミスや居眠りをする事もあり、肉体労働には荒い人も多く、しょっちゅう殴られたりする事もありましたが、プロになりたいと言う一心もあり、地元に戻る気は無かったです。
職場で叱られたら叱られたで、その日に仕事を辞めて、また同じような肉体労働の仕事を繰り返すと言う事をしていました。

派遣も当時は規制が甘かったので、派遣で危険な現場などの肉体労働の仕事が出来ました。
茶髪など普通で、金やピンクや赤に髪を染めたような先輩ばかりの職場で彼らが話をする事と言えば、喧嘩や万引きの話ばかりでした。
一時期は大学を出て、こんな職場を転々とする人生に涙が出そうになりましたが、プロになりたい一心で頑張りました。

完全に当時は舞い上がっていました。

~ついにプロのライセンス取得!そして世間知らずの就活が始まる~

 

そして、数か月後はとうとうプロライセンスを取る事が出来ました。
そして、親にも「プロになったので就職活動を頑張るよ。ごめんね。」と言う事を伝えましたが、建設現場を数えきれない位に転々として来た様な若者にデスクワークなどあろうはずも無く、困り果てていました。

仕事その1・「英語ができる大卒以上募集」の求人に外資系かと期待!しかしその実態は…?

ある日、無料の就職情報誌に目を通すと月収50万円以上可能!!英語が出来る大卒以上!!と書いてある会社がありました。
この就職雑誌では始めて見る大卒の求人で、胸を躍らせました。

会社名は聞いた事も無い会社名でしたが外資系なのかな?と思いました。
普通なら、怪しい広告と思うかも知れませんが、就職活動もした事が無かった私は、日本の中小企業はおろか大企業の名前すらも殆ど知らない程の世間知らずでした。

大卒以上で英語が出来る・・・正に自分ではないか?!と思い恐る恐る電話をしました。

「すいません。求人雑誌を見たのですが。」と言うと

「あの~大学は出ている?英語は出来る?」と聞かれて

「はい!」と答えると

「うちはグローバルな会社で東南アジア出身の社長がいるのだよ。」と言われました。

「訛りがあってわかりにくくてしょうないけど、私はその人から仕事もらっているんだよ。」

と言われ、この人は外資の日本人の日本支社社長なのか?と勘違いしました。

「今、何の仕事をしているの?」と聞かれて、

「肉体労働なのですよ。」と言うと

「は~勿体ないな~。この仕事はセンスがあれば過去は関係無く稼げるから。自信持って。」

と言われて、自信が出て来ました。

「まあ、兎も角、来てみなよ。」と言われて、駅にスーツを着て待ち合わせをする事にしました。

そして、緊張しながら会うと、暫く会話した後に

「うちは一流企業とばかり付き合っている凄い会社だからね。社長の私としては雇ってやりたいけど、周り(部下)との兼ね合いもあるし、キミの様子を見たいから、とりあえず月五万で。」と言われました。

 

そして、今考えると怪しい雇用形態で実態は単なるテレアポだったのですが、医療機器の会社や病院に一件ずつ電話を掛ける仕事を任されて自宅で作業をする事になりました。
そして、ある大きなビルのある階の一室で毎週のようにミーティングを開くと言い週に一回は二人きりで会う事になっていました。

その人が歩くと、そのビルの階では小奇麗なスーツを着た人達がみんなすれ違う時に軽く頭を下げていました。
そして、ミーティング前にはコーヒーをその階の人達が私達に入れてくれていました。

そして、ミーティングでは、いつも

「さっき、私に会釈した男、あれはなかなか仕事の出来るやつだよ。」

「あ~、全くここの会社も足の引っ張り合いばかりで嫌になるよ。」

などとあたかもそのビルの社長の如く、自慢話や世間話をしてくれていました。

更に、私と共に他の会社に同行する時も、「自分は~会社の社長です。」と他社に名乗っていたので、そのビルのある階の社長だと信じていたのです。

しかし、ある時その人が遅れて、私とのミーティングに来られない時があり

「社長はどこでしょうか?」と、そのミーティング室の近くのスーツを着た人達に聞くと

「社長?」と言われて怪訝な顔をされ

「あの人はこの部屋を(あなたとの)ミーティングの時間だけ借りているだけの人(お客さん)ですよ。うちのビルとは関係ないですから。」

と言われて気が付きました。

その人に頭を下げているのは、ビルの一室を借りているお客さんと言う事だからと言う理由で、そのビルの社長だから頭を下げているのでは無かったのです。
実態は一人社長、つまり自営業、週に数回だけ大きなビルの一室を借りて単なる完全歩合で営業をしていて、私に仕事を一部振っているだけの自慢の好きなオジサンだったのです。

その後、このことで私は幻滅し電話で退職を伝えました。
このオジサンは会社の社長でも何でも無かったのですから。

仕事その2・いよいよ「労働マルチ」の会社へ。またもや「外資系」の文字に惹かれた私

その後、冒頭で書きましたように労働マルチの会社で働く事になりました。

日給1万円、外資系デビューと書いてあり、また、性懲りも無く私は心を動かされました。

「外資系・・・」

この言葉に惹かれた私は早速応募致しました。
面接では部屋に呼ばれて、労働条件の提示がありました。

「まず、二か月は固定給ですが、その後は歩合制なので稼ぎたいだけ稼げます。」

と言うような事を言われました。
気持ちが舞い上がっていたので、その意味を良く噛み締めていなかったのです。
出社当日、若者ばかりの会社でしたが、外資系とはこんな物だろうと思っていました。

そして、驚くのは、朝のミーティングが始まった時でした。
大音量の音楽に乗り、ダンスをしたり手を拍手したりしてテンションを上げるのです。

 

私は目を疑いましたが、外資系とはこういうものだろうと思っていました。
その後は、音楽が流れる中でトークスクリプトを覚えさせられました。

「お伝えしたい事がありますので、玄関まで出て来て頂けませんか?」

と言い、お客を中から出して、その後はひたすら営業トークをして商材を売ると言うようなスタイルでした。
トークスクリプトの意味がわからないので聞き返しましたが、兎に角、トークを覚えて戸別訪問すれば良いと言う事でした。

そして、最初にセールスで人と契約出来たのは、本当に嬉しかったです。

あまり、コミュニケーションが苦手な私でも契約を取れる喜びを知りました。
毎日のミーティングでダンスをしたりして、テンションを上げてトークを練習すると言うのも慣れて来ました。

外資系、外資系と言いながら英語を使う事が出来ない事に不満でしたが、取りあえず仕事を続けました。

しかし、プライベートで恋人と上手く行かなくなった事で鬱っぽくなってしまったので、そのまま退社してしまいました。

トークスクリプトなどは、戸別訪問の会社は大抵が似ているのでドアオープンまでは他の営業会社でも応用出来たので、後々の人生で役に立ちましたが、英語が使いたくて外資系に行きたい人には、訪問販売系の会社は正反対の道のりを行くと思った方が良いです。

後々には、英語を使える仕事に転職する事になるので結果的に夢は叶えられたのですが、外資系と言う言葉だけに拘ると英語を使う仕事とは全く別の仕事をする事になるので、気を付けた方が良いと思います。

この記事を書いた人

udomasahiro

フリーの翻訳家・ライター。
数か国後を操り、格闘技のプロライセンスを持つ。多くの転職経験あり。

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