借金玉借金玉

みなさん、どうですか。働いていますか。最近本を出して「大分働いたなぁ」という気持ちになっている借金玉です。プロフィールのところに著作案内がありますので、是非ご購入を検討いただけたらと思います。これは仕事ですので、僕は今働いております。そんなわけで、「働く」という概念について人がわかりあうのは難しいというお話をさせてください。

 

僕は会社経営をしていたころ、わりといろんな会社の社長に会いました。いろんな会社の従業員とも会いました。その中で思ったことですが、従業員と経営者はお互いに「あいつは働いていない」と考えがちだということです。例えば、「社長は飲み歩いてばかりだ、二日酔いで仕事に来る」と主張する従業員の方がいました。しかし、その社長は「付き合い呑みにうんざりだ、休みが欲しい。従業員は働いてくれないし…」と愚痴っていました。

 

さて、この両者の悲しいすれ違いがどこで起きているのか、というのが今回のお話です。そう、経営者にとっての「働く」という観念と、労働者にとっての「働く」という観念は別物だということです。社長が飲み歩いているのは仕事を取るためでしょう、地場の社交場に足しげく通って仕事を取る、業種によってはそういう世界観が生き残っているところはまだあります。僕も、ある種の仲間内に入れてもらうために呑みたくもない酒を随分呑んだ記憶があります。

 

これは社長から見ると明確に「仕事」です。翌日に二日酔いでくたばっているのに文句を言われる筋合いはない、仕事を取ってきているのは俺だ、という気持ちが社長には強烈にあるでしょう。しかし、酒臭い息を吐きながらヨレヨレ会社にやってくる社長を見て、「あいつは働いていない」と感じる従業員の気持ちも理解できます。その社長は典型的なワンマンだったので、従業員に「俺が仕事を取ってきているんだぞ!」くらいの説明しかしていないことは予想に難くありません。

 

こういったことは、管理職と部下の間でも起こります。管理職というのは、一定期日までに一定の成果を出すことを求められます。部下には「これだけの仕事をしろ」と命じます。しかし、部下からすると所定の時間働いたら俺の仕事は終わりだろ?と感じるのはやむを得ないことです。しかし、管理職というのは成果が上がっていないと上から詰められます。管理部署の業務効率が上がっていなければ、どれだけ部下が残業をしていても「働いていない」と感じざるを得ないというところはあるでしょう。部下がサボっているのか、そもそも達成不可能な業務なのか、あるいは部下の能力が低いのか、マネジメントに失敗しているのか。真相はいつも藪の中です。

 

こういった無限のすれ違いが「働く」ということには起こってきます。上司は部下に、部下は上司に、管理職は経営者に、経営者は管理職に「あいつらは働いていない」と感じがちです。でも、それぞれの「働く」の観念は全く別物です。こうして、職場は地獄になっていくのです。悪人は一人もいないのに戦争が起きる、そういうことはよくあります。誰もが「真面目」だからこそ、自分の規範に照らして「働かない」人が許せないのです。

 

 

立場の違う人を理解することは難しい

仕事においては誰もが違う立場に立ちます。経営者、管理職、正社員、アルバイト、下請け、色んな立場の人がいます。それぞれがそれぞれの立場で物を考えます。それは、それぞれの立場の数だけ「働く」という概念があるということです。

 

昔、こんなことがありました。非常に有能なフリーランスの方が、とある会社に招聘されて部署の長としての職責を負うことになりました。彼は、「フリーランスの流儀」とでもいうべきやり方で部下に仕事を投げていきました。この作業を~日までに、この作業を~日までにという形で一人一人にタスクを振ったのです。彼がトップに立ち、その下に10人ほどの外注業者がいるような状態が社内に生じたわけです。

 

結果としてこの会社は大惨事になりました。というのも、フリーランスの事業者というのは「この仕事は自分にこなせる」と判断するのに長けている人が多いです。しかし、会社員というのは通常上から降って来た仕事に「出来ません」と答えることはなかなか難しい。そういうわけで、仕事を受け取ったはいいがこなせない人が続出しました。また、全員に仕事を単純に頭割りして振っていたため、余剰人員が存在せず、間に合わなかった仕事は彼自身がこなすことになりました。

 

この人は僕の呑み友達だったのですが、憔悴しながら「なんでやれない仕事を受け取るんだよあいつらは!やるって言ったら死んでもやれよ!なんで仕事を残して家に帰るんだよ!」と叫んでいたのが印象に残っています。フリーランスとしては当然のことですよね。事業主は過労死しても自己責任です、好きで働いて過労死したとしか思われません。しかし、担当者レベルのサラリーマンに「出来ない仕事を断る」という文化が無いのは当然のことと言えますし、労働法規というものもあります。

 

後知恵で考えるのであれば、部下の能力を一通り把握してから数人単位のチームを複数編成して、一定のバッファを持たせた形で業務を振るべきだったのでしょう。しかしフリーランスの世界で生きて来た彼にそれが思いつかないのはやむを得ないことだと思います。彼にとって、仕事とは自分の責任で請け負い自分の責任で完遂するものなのですから。

 

そもそも管理職の経験がない人を能力だけで部署トップに据えたのが間違いともいえるでしょう。結果として、このプロジェクトは大失敗に終わり、彼はまたフリーランスに戻りました。「やっぱり俺はフリーランスが向いている」と言っていました。結局、部下の残業時間が膨れ上がったことを指摘されて、経営陣とも喧嘩別れに終わってしまったようです。とても悲しいことです。

 

文化が違う!

ヒストリエという漫画があります。これは古代史マンガとでもいうべきジャンルで大変に名作なのですが、主人公のエウメネスは様々な国や地域に赴き、人々と会話を交わすたびに「文化が違う!」と口癖のように呟きます。僕も、浄水器の営業、風俗店の従業員、ラブホテルの清掃員、バーテンダー、金融機関、飲食店経営、貿易会社経営、不動産営業と様々なカルチャーを見てきました。今は一応本も出して「著述業」とか「出版業」というジャンルを社会見学させていただいています。

 

新しい世界に踏み込む度に思うことですが、人間の世界というのは本当に様々な文化があります。「働く」という一つの言葉ですら、場所によって解釈は全く違う。フリーランスにとって、経営者にとって、従業員にとって、アルバイトにとって、「働く」というのはそれぞれ全く別の概念なのです。そして、その観念に合致していないものを「働いていない」と感じるのです。

 

前段までは「立場」の違いに着目してきましたが、前述の通り「働く」という概念は、「業種」によっても大きな差があります。例えば、不動産営業にとって「働いている」というのは「数字を挙げている」ということです。どれだけ営業に走り回っていても数字が上がっていなければ、それは「働いている」とは見做されません。逆に(最近は少なくなったと思いますが)、残業を多くしていれば「働いている」と見做されるカルチャーもあるでしょう。

 

僕は色々な場所を歩くにつれ「文化が違う!」というのに大分慣れて来ました。そりゃあもちろん、「この文化は理不尽では」と感じることもありますが、大体の場合新参者にその文化を変える力はありません。新しい場所では「ここにはどんな文化があるのか」ということをまず最初に把握することに努めるようになりました。

 

しかし、多くの人は一つの文化を強く内面化しています。ある業種で、ある立場での常識は当然他の場所や立場では非常識なのですが、人間というのはこの「常識」というものについついしがみついてしまいます。しかし、時には同業種でも会社が変われば常識は全く別物に変化するのです。これは僕の経験上ですが、本当に劇的な変化であることが多いです。

 

最近驚いたこととしては、上司に「おまえ今月数字上がってんだから、喫茶店とかでサボっていいぞ?最近太ったしジムとかもいいんじゃないか?」なんて言われたりして大変びっくりしました。銀行の世界ではまさしく「非常識」です。一発懲戒でしょう。しかし、現職の上司にしてみれば数字が上々なのにこまごま仕事をしている僕が些か奇異に映ったのだと思います。僕はこのカルチャーが今のところ大好きです。数字が上がらないと焦りますが、それはそれで獲物を追う面白みがありますね。

 

 

色んな場所があります

人間には多様性があります、働き方にも多様性があります。この多様性というのは厄介なものだ、というお話をしましたが、逆に言えばあなたに合う場所、合う働き方もこの世のどこかにはあるかもしれないということです。それを見つけるために、コモンセンスというのは場所によって全く別であるということを理解しておくことがとても大事です。

 

人間というのは経験を絶対化してしまう生き物です。真面目な人ほど、最初に勤めた会社のカルチャーを絶対視して柔軟性を失ってしまいがちでしょう。このコラムに出て来たフリーランスの彼も、会社にあってはまさしく暴君だったでしょうが、仕事を依頼する相手としてはとても責任感の強い大変信用できる男です。未だに僕と彼は取引があり、呑み友達です。ただ、彼はその責任感の強さゆえにまだこの話をあまり理解してくれていませんが…。

 

「文化が違う!」これはとても良い言葉です。もちろん、世の中の会社には「この文化はコンプライアンス的に問題があるのでは?」というところも多々ありそれは問題ですが、「違う」というのはとても面白いことです。そして、「違う」ということを心得ておくだけで、結構いろんな問題が解決します。「違う」ということを知ってさえいれば、一つの場所に絶望してもまた歩き出すことができます。うまくいけば、立場の違う人を理解してあげて、色んなことが上手くいったりするかもしれません。立場が変わると人間はすぐ一つの常識に染まってしまうので、とても難しいことではありますが。

 

「働く」というのはどういうことか、それは場所によって違います。立場によって違います。だからこそ、どこかにあなたにピッタリ合った場所が存在する可能性があります。そこでは誰かがあなたがやってくるのを待っているかもしれません。大丈夫、世界は広く会社は星の数ほどあり、フリーランスや起業という選択肢もあります。いつだって絶望する必要はありません。「文化が違う!」と感じる心の柔軟性を大事にして、異文化を楽しむ文化人類学者のように、日々をやっていきましょう。

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この記事を書いた人

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http://syakkin-dama.hatenablog.com 発達障害者ライフハックブログをやったりしている人です。32歳です。コンサータは72ミリ飲んでます。よろしくお願いします。 syakkindamaアットhttp://gmail.com 試験的にメアド公開始めました。お仕事の依頼などはこちらにどうぞ。 本でます⇒https://www.amazon.co.jp/dp/4046020768/

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